海の底から

備忘録

『君.に.届.け』SSその4 雪の結晶

 これは、椎.名.軽.穂 原作の漫画『君.に.届.け』の二.次.小.説です。
 原作者、出版社とは、一切関係ありません。

 原作のイメージを壊されたくない方、ネタバレをご覧になりたくない方は、ブラウザバックでお戻り下さい。
(1/15 加筆、修正)
 
 
【 雪 の 結 晶 】  爽子、翔太 高校2年生・1月頃のお話 


 凍てつく風が吹き、冷え込む冬の午後。
 爽子と翔太は、寒い休日を、彼の家で過ごしていた。

 翔太の部屋のテーブルには、爽子お手製のカステラと、スコーンが並んでいる。
 ちょっとしたティーパーティーの趣である。

 どんなに北風が吹き荒れても、部屋の中は温かかった。
 翔太の淹れた熱々の紅茶を飲むと、爽子の体は芯から暖まった。

 二人には、知りたいこと、伝えたいことが、語り尽くせないほどあった。
 好きな音楽、好きな食べ物、学校のこと、家族のこと…数えきれない。

 共通の話題が増えていって、小さな共通点を見つけると、嬉しい。
 傍らにいる人の、優しい眼差しを感じると、心が安らいだ。


「あっ!雪! 雪が 降ってる!!」

 爽子が歓声を上げて、部屋の窓に走り寄った。

 北国のありふれた雪景色を見て、爽子がはしゃいでいる。
 その陽気な声につられて、翔太も窓辺に視線を向けた。

「どーりで冷えると思ったわ……あっ!」

 それは、雪の結晶だった。

 透き通った六角柱は、水晶のきらめきを放ち、至る所に降り積もっていた。
 幾百幾千の星と花と光で作られた、宝石のかけら。

「うわあ、すごい。 私、ちょっと見てくる!」
「あっ、俺も!」

 爽子と翔太は、身支度を整えると、先を争うように庭へ出た。
 屋根の上、車のボンネット、道路や塀にも、輝く結晶が舞い降りていた。

 真新しい結晶が、厚いコートの肩や袖に、休みなく降り注ぐ。
 爽子の黒い髪を、花嫁のベールのように、白く覆ってゆく。

 冬が生み出す神秘的な輝きに、爽子は目を奪われた。
 わずか数mmの結晶が、繊細なガラス細工のように光っていた。

 小さな小さな氷の彫刻が壊れないよう、爽子はそうっと顔を寄せた。
 一つ一つ形の違う雪片を、時の経つのも忘れて、飽かずに眺めた。

 爽子はうっとり見とれつつも、急いで口を押さえた。
 氷で出来た結晶は、吐息であっという間に溶けてしまうからだ。

 雲が足早に流れる寒空の下で、晴れやかに顔を上げる爽子。
 翔太は、息を潜めてその姿を見つめていた。

 自然の力を全身で感じて、喜びを発散している爽子は、眩いばかりの美しさ。
 翔太は言った。

「…きれいだよ。 すごく、きれいだ」
「ね、本当にきれい」

 爽子がきれいだ…という意味だったが、彼女は気付かなかったらしい。
 翔太は苦笑しつつ、ま いっかと呟いて、照れた頬を引っかいた。

 六方向に枝を広げた雪の結晶は、教会のステンドグラスのように明るく輝いている。
 星の形、針の形、シダの葉や、レース織りのような複雑なものまで、均等な六角形を保っていた。

 ふと、爽子は翔太に、独り言でもささやくように、何気ない調子で言った。

「どうして、はかないものほどきれいなんだろ?
 はかないから、きれいなのかな。
 雪も、花も、風も、虹も、消えゆくものはみんな、そう」
 
(ああ、そうか。 だからこの人は、美しいのか)

 翔太は、突如として爽子の本質を、見透せた気がした。
 その切なさに胸がつまって、何を言えばいいのか分からなくなった。

 翔太の心に爽子が住みついた時から、いつも彼女を目で追っていた。
 そのせいで、もしかしたら本人以上に、本人のことを知っているのかもしれなかった。

 無色透明なスノークリスタル…彼女は、雪の結晶そのものだ。

 -・-・-・-・-・-

 爽子は、両親に愛され、大切に育てられた。
 それゆえ、教室という小世界から拒絶された時、気持ちを傷つけられた。

「わっ!! いたの 貞子!?」
「ごっ、ごめんね 貞子!」

 名前を呼ばれただけで、相手が自分をどう思っているか、分かるものだ。
 爽子は、同級生がどんな気持ちで「貞子」と呼ぶか、察していた。

 しかし爽子は、頑張った。
 現実を受け入れ、克服すべく、努力した。

 怯えながら遠巻きに見つめる周囲に、毎日あいさつした。
 クラスの雑用は、進んで引き受けた。

 人の役に立てたら、いつかは受け入れられる。
 …そう、信じて。

 -・-・-・-・-・-

 爽子の心の中は、他者への優しさと思いやりでいっぱいだ。
 悩み事は最小限に留め、常にプラス思考を心がけている。

 でも本当は、傷つきやすい心の真ん中に、悲しみの涙を凝結させている。

 翔太は、爽子のどんな些細なことも見落とさない柔らかな感受性と、周りへの感謝を忘れない誠実さを、守りたいと思った。


「あんまり雪をかぶると、風邪引くよ」
「うん」

 翔太は、爽子の服についた雪の結晶を、手で払った。
 彼女は、頭をぶるぶるっと震わせると、残りの雪を落とした。

 その瞬間、ビロードのようにつややかな黒髪から、細い首筋が垣間見えた。
 襟足は白く、きめ細かい柔肌に、後れ毛が濡れて光っている。

 あらわになったうなじに、小雪が触れては溶けていく。
 冷気にさらされ、赤くなった素肌は、いかにも寒そうだった。

 ふいに、後ろから抱きすくめられて、爽子は振り向いた。
 翔太が、コートの前を開いて、爽子を包み込んでいた。

 翔太のコートにくるまって、翔太の胸の中にいる。
 爽子は、ドキドキふわふわして、でも少し恥ずかしくて、首をすくめた。

 顔を見ないようにして抱きしめる彼の癖を、爽子は知っていた。
 翔太も、実は爽子と同じくらい照れ屋なのだ。

「しょ、翔太くん、寒くない?」
「遠慮すんなって」

 爽子は、緊張していた体から、ふっと力を抜いた。
 お返しに、かじかんだ翔太の手を取り、はーっと息を吹きかけた。

 翔太の手は、すごく力がある。
 けれど、握り方が静かで温かいので、爽子を驚かせることはなかった。

 両手で覆いたくても、翔太の大きな手は、爽子の手からはみ出してしまう。
 彼女は、なかなか温まらない彼の手を、自身の首にあてがった。

「あ、いーよ いーよ。 爽子が寒いだろ」
「え……遠慮すんなって」

 翔太は、自分の口真似をする爽子に、思わず吹き出してしまった。
 こうしていると、互いの体温と脈動が、交わってゆく。

「あったかいな」
「うん。
 私も…しょ、翔太くんが、やさしいから…全然寒くない。
 そ、それに、晴れの日も、雪の日も、どんな時でも 楽しいよ。
 翔太くんが、そばにいてくれるから………」

 舌がもつれて上手く言えないのは、寒さのせいだけじゃない。
 一語一語、丁寧に伝えようとする爽子の声に、翔太はじっと耳を傾けた。

 最初は、ただやみくもに憧れ、求めた。
 それが今、こうして互いの腕の中にある。

 爽子は、翔太の手を握り直すと、くるりと体の向きを変えた。
 翔太の顔をまじまじと、物問いたげに見つめている。

 吸い込まれそうな爽子の瞳に、翔太は頬が火照ってじんじんしたが、我慢した。
 爽子の気持ちが届いたことを、揺らがぬ瞳で伝えるために。

 翔太に寄りかかると、不思議な安心感があった。
 爽子は、子守唄を聞きながらまどろむ幼子のように、夢見心地で微笑んだ。

 爽子の笑顔に、翔太は頭の芯が酔ったようにしびれて、足が地に着かない。
 翔太は長い指で、彼女の髪をサラリとかき上げると、頬に触れた。

「爽子……」
「翔太くん……」

 見つめ合う二人の顔が、ゆっくり近づき、瞼を閉じた……。
 あらゆる音は、雪の結晶と結晶の隙間に吸収され、世界中が静まり返った。


 突然、ドアの隙間から犬が現れ、二人に飛びついた。
 冬は屋内で飼われている、風早家の愛犬、ペドロ・マルチネスだ。

 大型犬のマルに、いきなり抱きつかれてはたまらない。
 二人もマルも、地面に倒れ、雪まみれになった。

 爽子と翔太は、顔を見合わせ、はじけるような笑い声を上げた。
 マルも嬉しそうに、尻尾をぱたぱた振って、あたりを駆け回った。


 二人はぴったり気が合って、一緒にいさえすれば幸せで、離れると寂しい。
 時が過ぎ、何もかも変わってしまっても、二人の想いだけは、変わらない。

 雪の結晶は、羽毛のようにふんわりと、絶え間なく降り続ける。
 ひとつとして同じ形がない、天からの贈り物。

 世界でたったひとりの君。
 叶うなら、ずっとそばにいて、寄り添っていきたい。


 -・-・-・-・-・-

 ≪ あとがき ≫

 漫画家・山岸涼子さんの作品に、『夜の虹』という短編があります。
(『神かくし』 山岸涼子 著 秋田文庫 収録)
 その中にある、雪の結晶のエピソードにいたく感動し、このお話を書きたいと思っていました。
 北海道の子はいいなあ、私も雪の結晶をくっつけて遊びたーい、とうらやんだものです。

 それと、爽子と翔太には、人生で最も多感な時期を、共に生きられる喜びを、思う存分満喫してほしい…という願いも込めて。
 大好きな人と分かち合える幸せを、大事にしてね。
 

テーマ:君に届け - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2011/01/03(月) 10:04:31|
  2. 君.に.届.けSS
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

雪の結晶にコメントをくれたn・・・ さんへ!

 はじめまして、こんばんは! こんな僻地のブログへようこそおいで下さいました!
 コメントに気づくのが遅れてすいません。 自分のブログもろくにチェックしない ズボラなブロガーなんです(^^ゞ
 私もアニメ1期→漫画→二次小説と はまってしまいました。 奇遇ですね♪

 『君に届け』を好きになってから、北海道のことに関心を持つようになりました。
 私は岐阜県に住んでるので、本やネットで 北海道の気候などを調べて、SSを書きました。 お気に入って頂けたら幸いです。 こんなにほめられちゃって、どうしましょ(ノ´∀`*)
 私も雪が好きで、いっぺん見てみたいと思ってるんですよね、結晶で降る雪。
 北海道在住とは、うらやましいです。 しかし、冷えるんでしょうねぇ。 0度以下とか、想像出来ない…。

 キミトド熱で 冬の寒さなんか吹き飛ばしちゃいましょう。
 では、コメントを下さって、どうもありがとうございました!!
  1. 2011/12/14(水) 19:56:40 |
  2. URL |
  3. 藍田海 #-
  4. [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2011/12/09(金) 10:23:21 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

柚さんへ!

はじめまして、柚さん!
おいで頂きまして、まことにありがとうございます!
お返事が遅れて申し訳ありません。
自分のブログもロクにチェックしない アナログ人間なので。
(いまだにケータイも持ってないし)

わざわざ読んで下さる方がいるとは思ってなくて、管理人どきどきばくばくです。
わーい、ほめられちゃった!うれしいな(≧∇≦)

ただの自己満足ショートストーリーなので、あちこち分かりにくい箇所があったと思います。
その時は、ビシバシ指摘してやって下さいませ。
精進の糧にします。
では、コメント下さって、本当にありがとうございました!!
  1. 2011/04/21(木) 06:52:40 |
  2. URL |
  3. 藍田海 #-
  4. [ 編集 ]

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  1. 2011/04/18(月) 19:03:03 |
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  3. #
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