海の底から

備忘録

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『君.に.届.け』SSその5 長い午後

 これは、椎.名.軽.穂 原作の漫画『君.に.届.け』の二.次.小.説です。
 原作者、出版社とは、一切関係ありません。

 原作のイメージを壊されたくない方、ネタバレをご覧になりたくない方は、ブラウザバックでお戻り下さい。
(5/10 加筆、修正)
 
 
【 長 い 午 後 】 ~翔太、爽子 高校2年生・6月頃のお話~


 ……ここは、どこだろう。
 濃い霧で、足元もおぼつかない。

 薄暗い道の先に、明るい光が差している。
 導かれるままに歩くと、人の気配がした。

 少女が、薄明りの中から現れた。
 光沢のある長い黒髪が、霧に濡れて、輝いている。

 そうだ。 俺は、この人を探していたんだ。
 大好きな、大切な人。

 少女は、にっこり微笑んで、待っていた。
 俺は、はやる気持ちを抑え、ゆっくり、ゆっくり近づいた。

 少女の瞳をのぞき込むと、まっすぐに見返してきた。
 胸がドキドキする。

 恭しく手を取ると、少女ははにかみながら目を閉じた。
 そのやわらかな頬を、慈しむように撫でると、そっと口づけた。

 唇が触れ合うと、なんともいえない甘酸っぱさが、口腔いっぱいに押し寄せてきた。
 思わず目をつむると、少女の甘露が体内に流れ込み、全身を満たした。

 肌がひりひりするほど、神経は鋭敏になってゆく。
 うつろな魂は、少女を求め、高ぶる心は、さらにあえぐ。

 息苦しくなり、きつく密着していた唇を、かすかに離した。
 胸の鼓動が、ドクンドクンと激しく打っている。

 ほう、と漏れ出た少女の吐息が、俺の皮膚を刺激した。
 その温かさにまた触れたくて、わずかな間隙を突いて、再び中に忍び込んだ。

 もつれる舌から滲み出る、えもいわれぬ甘さ。
 けなげに生きる少女の生命そのものを、目映いばかりに感じて、俺は恍惚となった。

 深く、深く、募る想い。
 彼女のなにもかもが、いとおしい。

 ずっと、こうしていたい。
 もう少し… あと少し……

 -・-・-・-・-・-

「風早!! 居眠りするな!!」

 ガバッと起き上がると、教師の眼と、クラスの注目を一身に浴びていた。
 風早翔太は、バツが悪そうに、頭を下げた。

「すいません」
「いいかー、もうすぐ期末テストだからなー。
 学校祭は終わったんだから、気持ちを切り替えるように!」

 午後の授業は、睡魔との戦いである。
 とはいえ、夢を見るほど、眠りこけていたとは。
 翔太は自分に呆れた。

 ふと視線を感じると、長い黒髪の女子生徒が、気遣わしげに見つめていた。
 翔太は、あの夢を見透かされたような気がして、冷や汗をかいた。
 
 やけにリアルな夢だった。
 あの夢の少女は、彼女…黒沼爽子だった。


 爽子と翔太が、つきあうことになってから、10日あまり。
 二人は大変仲がいい。
 学校でも、一緒にいる姿をよく見かける。
 だが、クラスメートの延長という感じで、あまり親密な印象は、周囲に与えなかった。

 -・-・-・-・-・-

 放課後、生活委員の爽子は、いつものように花壇の前に来ると、しゃがんで手入れを始めた。
 殺風景な学校内で、ここだけ、絵本に出てくるお花畑のように、色鮮やかだった。

 翔太が近づくと、小さな声で歌を歌う、爽子の澄んだ声が聞こえてきた。
 爽子は、翔太の気配に気づくことなく、不要な草を抜いたり、膨らんできた花のつぼみを、ひとつひとつ確かめては、撫でていた。

「『出発の歌』 だね」
「わあっ!!」

 驚いた拍子に、爽子はステンと転んで尻もちをついた。

「わあっ!! ごめん、ごめん」 

 慌てて謝る翔太より、もっと慌てて、爽子はスカートの裾を押さえた。
 転んだはずみで、スカートがめくれてしまったのだ。

「あっ! 見てない、見てないよ! 見えなかった!!」

 実際、翔太は見ていなかったのだが、大きく両手を振って、弁解した。
 翔太が懸命に誤解を解こうとしている様がおかしくて、爽子はふっと微笑んだ。

「見られても怒らないよ、風早くんなら。 気にしないで」

(え…それ、どういう意味?)
 聞いてみたかったが、彼女を助けるのが先と気づき、翔太は両手を差し伸べた。

「はい、つかまって」
「えっ、いいよいいよ、私の手、土で汚れて…」
「いーから」

 なおも爽子はためらっていたが、やがておずおずと、手を置いた。
 翔太は、しっかり手を握ると、軽々と爽子を引っ張り上げた。

「あの…ありがとう」
「ううん。 今日は、水やり しなくていいの?」
「うん。 もうすぐ、雨が降りそうだから。 あ…」

 引き抜いた草の根に、白い芋虫が絡まって もがいていた。

「大変。 びっくりさせちゃったね」

 爽子は芋虫を手に取ると、腐葉土のくぼみに戻し、上から土をかけた。
 翔太は何もいわず、その一部始終を、じっと見ていた。
 やさしい爽子の心しか、見ていなかった。

「クワガタの幼虫かなあ?
 もうすぐ、夏が来るんだね」

 あんまり爽子の事しか考えていなかったので、翔太は彼女の一言を聞き洩らした。

「え? 誰が来るって?」
「やだ、風早くんたら。 夏が来るって言ったんだよ」

 爽子は鈴を転がすような声で、楽しそうに笑った。
 うっかり聞き間違えて、照れくさそうにしていた翔太も、つられて笑った。

「クワガタか、小学生の頃、よく捕ったっけ。
 ノコギリクワガタとか、格好いいよな。
 たいてい、オスメス一緒にいてさー」
「へえ、仲がいいんだね」
「でさ、メスが樹液を吸ってる間、オスは メスを守ってるんだよ」
「すごいね、オスは強くて頼もしいなあ。 …風早くんみたい」

 爽子の素直な賛辞は、翔太を有頂天にさせた。
 なんだか今日の翔太は、いつもより過剰に、爽子に反応してしまう。

 二人が、顔を見合わせ笑い続けていると、さあっと強い風が吹き、黒雲が雨をもたらした。

「やべ 降ってきた! 走ろう!」

 爽子と翔太は、大急ぎで屋内に向かった。
 にわか雨が、乾いた地面へしみこみ、景色を暗く染めていった。

 -・-・-・-・-・-

 玄関までノンストップで走ると、体が火照り、息が切れた。
 爽子のシャツが濡れて、やや透けていたが、翔太は あえて見ないようにした。

「濡れちゃったね。 つめたくて、気持ちいい」
「そのままじゃ体が冷えるよ。 俺、タオル持ってるから」

 二人が水道で手を洗ってから教室に戻ると、すでに人影はなかった。
 翔太はカバンからタオルを取り出して、爽子の頭からかけた。

「ありがとう…なんか、前にもあったね、こんなこと」
「ははっ、あったあった。
 俺あれ以来、いっつもタオルとかハンカチ持ち歩いてる。
 黒沼、泣き虫だから、いつでも貸せるように…なんて」
「泣き虫…そ、そうだったかな?」

 言われてみれば、確かに爽子は翔太の前で、何度も泣き顔を見せていた。

「…そうでした。
 風早くんといると、つい甘えてしまって…お恥ずかしい」
「……いーじゃん、甘えても」

 翔太はうつむきながら言うと、爽子の髪をタオルで拭いた。

「あー、せっかくの髪が、ぐしゃぐしゃに。 ごめん」
「いいよいいよ、すぐ直せるから」

 爽子はカバンから、つげの櫛を取り出した。
 よく使い込まれた証拠に、木全体が、茶色から飴色に変わっている。

「へえ、これがつげの櫛か。初めて見た」
「だいぶ前、お母さんに買ってもらった櫛なの」
「…俺、とかしてあげよっか?」
「じゃ、じゃあ、お願いします」

 断るのはかえって失礼かと思い、爽子は翔太の申し出を受け入れた。
 櫛を渡す時、二人の指が、かすかに触れた。
 爽子は、晴れ着を着せられた子どものように、かしこまって ちょこんと座った。

 華奢な後ろ姿は、いかにもはかなげで、とても愛らしい。
 翔太はぎゅっと抱きついて、離したくないとさえ思った。

 でも、そんな やましい気持ち、絶対 言えない。
 翔太は感情を押し殺して、爽子の髪を梳き始めた。
 が、すぐ引っかかってしまった。

「あ 痛っ」
「ごめっ、そんなに力いれたつもりじゃ なかったんだけど」
「ううん、あの、毛先から、少しずつ、ほぐす感じで、お願いします」
「毛先から、少しずつ、ね。 やってみる」

 翔太は内心、肝を冷やしつつ、再挑戦した。
 言われた通り、毛先から梳いてゆくと、次第に滑らかに、櫛が通るようになった。

(女の子の髪って、繊細なんだな)
 長い時間をかけて 伸ばしたであろう 爽子の髪の美しさを、翔太は心の中で称賛した。


 翔太の手で髪を梳いてもらうと、爽子はその心地良さに、うっとりとなった。
 髪を長く伸ばしていて、良かったとさえ思った。

 だけど、そんな よこしまな気持ち、絶対 言えない。
 爽子は唇をかみ締めると、ただ恥ずかしげに、おとなしく座っていた。

 かたくなな爽子の態度は、翔太を不安にさせた。
(嫌な思い、させちゃったかな)
 櫛を持つ手が止まりかけたその時、くすくすと可愛い忍び笑いが、聞こえてきた。

「くすぐったい」

 急に体をくねらせて、爽子が笑い出した。
 首をすくめて逃れようとする彼女に、翔太は安心すると同時に、イタズラ心が湧いてきた。

「こら、逃げるな」

 全然苦しくないヘッドロックを、わざと仕掛けると、爽子は肩をゆすって笑った。
 翔太はこんな風に、爽子とふざけてじゃれ合ったり、笑い合えるのが、嬉しかった。


 夕立は、二人を引き止めるかのように、降り続ける。
 しっとりした風が、くちなしの甘い香りを運んでくる。

「…俺、自転車だから、止むまで待つつもりだけど、黒沼、どうする?」
「…私、図書室へ行きたいのだけど、いいかな?」
「いーよ、もちろん。 いこっ」

 二人は、廊下に滑り出た。
 夕立を予想して、ほとんどの生徒が下校した校内に、雨音と、二人の足音が響いた。

 -・-・-・-・-・-

 当然ながら、図書室には誰もいなかった。

「黒沼、どんな本借りるの?」
「えっと…ああ、あった。 これ」

 タイトルは、『366日 誕生花の本』。
 花の好きな爽子が、誕生花に興味を持つのも当然といえる。

「へぇー、誕生花? 誕生日ごとに花が決まってるんだ。
 黒沼は、12月31日だよね」

 翔太は、爽子の肩越しに、12月31日のページを読んだ。
 互いの唇が、とても近い位置にあったが、翔太は あえて考えないようにした。

「ひのき? 花じゃないのもあるんだ」


★ ひのきの花ことば・不滅

★ 花占い
 しんぼう強く、着実に事を成しとげていく人。
 本当に強い人です。
 目的に向かって進んでいくあなたの姿勢は、人々に勇気をふるいおこさせます。
 火と燃える愛を呼びよせるほど、激しい情熱の持ち主。
 相手は最初その気でなくとも、あっという間に巻き込まれてしまいます。
 まるで、山火事。
 そうして生まれたその愛は、一生あなたの中で燃え続けることでしょう。


「本当に強い人です だって!」
「いやいや、私、そんなに強くないので」

と、爽子はつぶやいていたが、翔太は(当たってる)と思った。

「か、風早くんは?」
「俺、5月15日! へぇー、忘れな草 だって!」


★ 忘れな草の花ことば・真実の愛

★ 花占い
 愛し、愛され、燃えつきる――そんな情熱的な愛を待っているのですね。
 あなたの理想とする人は、なかなか現れません。
 待っているだけではダメ。
 もっと自分をアピールしましょう。
 あなたには、早婚が似合っています。
 でないと自分を「暗い運命」と思いこみ、落ちこんでしまうでしょう。


「私を忘れないで って、ロマンチックな名前の花だよね」
「え~、恥ずかしいな、これは」

 むしろ「早婚」の2文字に、翔太は赤面を隠せなかった。
 気を取り直すと、真面目な顔をして言った。

「…当たってる、かも」
「……?」
「俺、ずっと待ってた。 理想とする人が 現れるのを…」
「…理想とする人?」
「うん」

 翔太は きっぱりとした口調で言った。
 その眼差しは、爽子の瞳をまっすぐ貫いた。

「…つーかさ! なんか ちょっと似てるな、俺たち。 情熱的、とか」
「……もしかして、相性が いいのかな…私たち」

 ささやくような爽子の声は、翔太の耳にしっかり届いた。
 爽子は、頬を赤くした。
 それからいつものように、やさしい微笑を浮かべた。
 翔太は、爽子の中に自分と同じ想いを見出して、胸がいっぱいになった。

 -・-・-・-・-・-

 いつしか雨は止み、校舎の窓に広がる群青色の雲間から、満月の光が射していた。

「わあ、見て、大きな月。 それに、赤い」
「ホントだ。 そういや、今朝、テレビで言ってた。
 6月の満月のことを、ストロベリームーンって言うんだって」
「わっ私も、テレビで見た!」
「そうなんだ。
 同じ番組を見てたのか。 一緒だな」
「うんっ、一緒だね!」

 ささやかな偶然の一致に、二人の心は浮き立った。
 二人の心は、神秘的な月の光に誘われ、たなびく雲のように同じ方へ流れていた。

 夏の満月は高度が低いうえ、梅雨の影響で、大気中の湿度が高いため、赤みを帯びて見える。
 一説によると、赤い満月をカップルで見ると、二人は結ばれる…と、TVキャスターが伝えていた。

「よかった。 実は あの…一緒に見たいと思ってたの。 …だから、うれしい」
「俺もだよ。 すごい うれしい」

 翔太は、夢の続きを思い描いた。
 焦る必要など、ないんだ。
 つぼみが 自然に花開くように、その時が来ると、分かったから。

 いつかきっと結ばれるであろう二人を、祝福するかのように、赤い月は円やかな光を、その頭上へ投げかけた。



 -・-・-・-・-・-

 ≪ あとがき ≫

 爽子は風早の誕生日をどうやって知ったのかな?とか、おつきあいがどんなものか よく分からない頃の二人を妄想してたら、こんな話が出来ました。

 『出発の歌』を選んだのは、明るくて、前向きで、花が出て来る歌だから、爽子に似合いそうだな と思って。
(♪ 静かに耳を傾けよう 夜明けに花が開く音 ~)
 それと、花ことばは本によって、いろんな種類があります。 今回選んだ花は、ほんの一例です。

 急速に親密な関係にはなれないけど、今のままじゃ物足りない二人のもやもやを、感じて頂けたら幸いです。
 ここまで読んで下さって、どうもありがとうございます!


★ 参考にさせて頂いた本たち―ありがとうございました。

『366日 誕生花の本』 瀧井康勝 著 日本ヴォーグ社
『月光』 林完次 著 角川書店
『子供に教えたい ムシの探し方・観察のし方』 海野和男 著 ソフト.バンク クリエ.イティブ株式会社
『身近な昆虫 ポケット図鑑』 日本昆虫協会 編 株式会社オリジン社


 ------追記------

 カテゴリーに、『君.に.届.けSS』を追加しました。
 

テーマ:君に届け - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2011/05/09(月) 01:02:04|
  2. 君.に.届.けSS
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

Re: 柚さんへ!

いらっしゃいませ、こんばんは!
題名の通り、無駄に長いお話を読んで下さって、まことに恐縮です。

誕生花のエピソードは、私も本を読んだ瞬間、二人にピッタリ!と思いました。
特に風早ね。 あれ以上、どうやってアピールしろと(笑)
花占い、恐るべし。

爽子も頑張り屋だけど、風早も相当、頑張ってますよね。
初々しくて一生懸命な二人だから、こちらも握りこぶしで、応援してしまうんです。

…やっちゃいました、キス妄想。
別マで爽子があんな夢を見るから、こんなSSが出来ちゃうんです。

早く続きを読まないと、妄想で頭がパンクしそうです。
読んだら別の意味で、頭がパーンとなりそうですが(*≧∀≦*)

それでは、コメントを残してくれて、どうもありがとうございました!
また気が向いたら、半年に1回くらい、見に来てやって下さい\(^O^)/
 
  1. 2011/05/10(火) 21:10:36 |
  2. URL |
  3. 藍田海 #-
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  1. 2011/05/09(月) 22:06:54 |
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