海の底から

備忘録

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『君.に.届.け』SSその6 海辺にて 後編

 これは、椎.名.軽.穂 原作の漫画『君.に.届.け』の二.次.小.説です。
 原作者、出版社とは、一切関係ありません。

 原作のイメージを壊されたくない方、ネタバレをご覧になりたくない方は、ブラウザバックでお戻り下さい。
 
 
 ~ 先にこちらをどうぞ → 【海辺にて 前編】 ~


【 海 辺 に て ・ 後 編 】
 ~爽子、翔太 高校2年生・8月頃のお話~


 たくさん遊んで 働いたら、お腹がペコペコになった。
 爽子と翔太とマルは、防風林に戻ると、木陰にレジャーシートを敷き、お弁当を広げた。
 翔太が歓声を上げた。

「うわーっ、すごい! 爽子のカバンって魔法のカバンみたいだ。 ご馳走が どんどん出てくるもん」
「ふふ、どうぞ召し上がれ。 たくさん食べてね」
「うんっ。 いっただっきまーす!」

 海苔で巻いたおにぎりを、一口ほおばる。

「あ、焼きおにぎりだ。 おいしい!」

 翔太の一言で、手抜かりがないかと ハラハラしていた 爽子の緊張が ほぐれた。

「よかった。 あ、あの、すっぱくない?」
「ううん、全然。 醤油の焦げた いい匂いしがして、おいしいよ」
「あのね、おにぎりを握る時、すごく薄い 酢水を使ったの。
 腐敗を防ぐ効果が あると聞いたので…」
「へー、そうなんだ。 匂いとか、全然気にならないよ」
「よ、よかったぁ」

 爽子もやっと安心して、おにぎりを口にした。
 食べ物が痛まないよう、用意周到に準備した爽子の手料理は、翔太を感心させた。
 もちろん、味もとびっきりおいしくて、翔太を感激させた。


 自分の作った料理を、おいしそうに食べる翔太を見ているだけで、爽子は幸せだった。
 こんな充実感は、今まで味わったことがない。
 爽子は感嘆のため息と一つつくと、水筒のコップを取った。

「いけない。 予備のコップ、忘れてきちゃった」
「そっか。 なら、一緒に使えば いいよ」

 さりげない翔太の提案に、爽子は驚いた。

(こ、これは世にいう、間接キス…というものでは!?)

 爽子は、とある漫画の一シーンを思い出した。
 以前、漫画好きの友人・千鶴が貸してくれたもので、一本の缶ジュースを、男女が分け合って飲んでいた。
 おつきあいに疎い爽子にとっては、二人の親密さと共に、鮮烈に印象に残っている。

(こういうの、アリなんだな。 今さらだけど 私たち、カップルさん なんだなあ)

 爽子は動揺を抑えながら、平然と振舞う翔太を、尊敬の眼差しで見つめた。
 その時、翔太の頬に、白いものを発見した。

「あ、ほっぺたに、ご飯粒がついてる」

 爽子は飯粒をひょいとつまむと、そのまま食べた。
 翔太は、頬に手を当て、口をポカンと開けたまま、硬直した。

(あれ? 風早くんの様子が… はっ、もしかして、なれなれしかったかな?
 やっぱり私には、ナシだったんだー!)

 自分の失敗に恐縮し、まごつきながら、爽子は頭を下げた。

「あの、ごめんなさい。 さしでがましい真似をして」
「えっ、あ、いや、そんなこと、ないけど……」

 翔太は、口の中でもそもそ言うと、そっぽを向いた。

「こういうの、照れるね。
 ……なんか、つきあってるんだなぁって思った」

 翔太はボソリとつぶやくと、爽子と一瞬顔を見合わせ、声を上げて笑った。
 二人の笑い声が響き合って、心の奥のわだかまりを吹き飛ばした。

 爽子の用意したお弁当は、すっかり空になった。
 卵焼きも、鳥の唐揚げも、ポテトサラダも、魚の照り焼きも、肉団子も、ホウレンソウの白和えも、翔太はきれいに平らげた。


 太陽とお弁当のせいで、眠くなった翔太は、空と海の境界を、ぼんやり見ていた。
 爽子は翔太ににじり寄ると、上着のすそを引きながら、小声で言った。

「ね、目をつぶって」

 なにげない爽子の要望に、翔太はたじろいだ。
 爽子の真意を計りかねて、訳も分からず、翔太はぎゅっと目を閉じた。

 すると、視界を遮られて、クリアーになった耳に、さまざまな音が飛びこんできた。

 さあっと林を吹き抜ける風。
 梢から降りそそぐ蝉時雨。

 樹木のささやきが、波の音と重なって、美しい旋律を奏でている。
 ツクツクボウシが、過ぎ行く夏を惜しむかのように、鳴いている。

「聞こえる?」
「……うん、聞こえる」

 翔太が目を開くと、爽子もぱっちり目を開き、満足げにほほ笑んだ。
 翔太の狼狽にも無頓着な様子で、爽子は言った。

「もう、夏も終わりだね」
「あ、うん。 夏休みは終わっちゃうけどさ、二学期は修学旅行があるんだよな。 すっげー楽しみ!」
「うん! こことは、海の色も、砂の色も、違うんだろうね。 楽しみだなあ」

 飛行機に乗って、見知らぬ土地へ行くことを想像すると、二人ともわくわくした。
 水平線の彼方を見すえながら、翔太は強い口調でいった。

「今は、飛行機に乗って どこへでも行けるけど、
 昔は 船しかなくてさ、命懸けだったんだよな。
 古代文明とか、世界の七不思議とか、ロマンだよなー。
 俺も 謎の秘宝を 追い求めて、冒険の旅に出てみたいよ」

 そこには、荒唐無稽な夢を語る、あどけない少年の姿があった。
 しかし彼は知っている。
 高校を卒業すれば、否応なく、決められた航路へ漕ぎ出さねばならないことを。
 同じ港に停泊している仲間たちが、目的地の異なる船のように、ばらばらに散ってゆくことも。

(風早くんなら、行けるよ。 遠い世界へ。 私が行けない遠くまで……)

 爽子は、翔太の背中に、透明な翼を見た。
 天空を自由に翔ける、強靭な翼を。

 いつも周囲を明るくし、みんなの心を和ませる翔太。
 誰もが 好きにならずには いられない。
 彼なら、どこへ行っても受け入れられる、何をやってもうまく行くと、爽子は思った。

 沖合いから、ひんやり涼しい風がそよいでくる。
 どちらからともなく黙り込み、見果てぬ海に思いを馳せる。

 いつまでも、今のままではいられない。
 でも今は、ささやかな日々を、純粋に楽しんでいたいと、爽子は願った。


 マルは、いっぱい遊んでおやつを食べて、ご満悦で眠っていた。

「犬も夢を見るっていうけど、本当かなあ?
 ねえ風早くん……風早くん?」

 ふと見ると、翔太も腕を枕にして、横になっていた。 
 少し開いた口もとから、規則正しい呼吸が聞こえる。

「しょ、しょうた、くん?」

 思い切って、下の名前で呼んでみた。 が、返事はない。
 爽子は、恐る恐る手を伸ばし、翔太の肩をつついてみた。 が、反応はない。

(ああ、ドキドキした。 ほんとに寝てるみたい)

 こんなに近くで翔太を見るのは、初めてだった。
 爽子は好奇に満ちた目で、翔太の整った目鼻立ちや、かすかに痙攣する瞼、震えるまつ毛を、しげしげと眺めた。

 爽子は、風で乱れた翔太の髪を、細い指で梳いた。
 何度もとかしてまっすぐそろえると、今度は頭を、空気のように軽くなでた。

「ふふっ、可愛い。
 私ね、翔太くんといると、ドキドキする。
 それに、不思議なの。
 嬉しいのに 苦しくて、楽しいのに 泣きたくなるの。
 …私がどんなに翔太くんを好きか、分からないだろうなあ…」

 木洩れ日が目にかかり、翔太は眩しそうに眉根を寄せている。
 爽子が上体をかがめて、日光を遮ると、翔太の表情がやわらいだ。

 たったひとりの人間のために、今、ここにいる。
 それは、無上の喜びだった。
 誰かの役に立つということが、これほど心を満たしてくれるとは、爽子は考えもしなかった。

「どうして翔太くんは、私のことを好きになってくれたんだろう?
 ……今世紀最大の謎だね」

 自分の言い回しが可笑しくて、爽子はひとり ほほ笑んだ。

 マルが起きて、大きなあくびをした。
 翔太をせっつき、遊べとせがむ。

「しー、静かに。 起こしちゃだめだよ。 おいで」

 爽子は、マルを散歩に連れ出した。
 が、ふと振り返ると、かぶっていた麦わら帽子を取って、翔太の顔にそうっと置いた。


 二つの足音が遠ざかると、翔太は目頭を押さえて つぶやいた。

「……はは、まいったな」

 ほんの少し うとうとしていたら、思いがけなく 彼女の本音を聞いてしまった。
 じりじりと照りつける夏の日差しと、灼ける想いで、体が熱い。
 海より深い爽子のやさしさに包まれて、翔太はこの上なく幸せだった。


 爽子はマルを連れて、潮風を浴びながら、渚でたたずんでいた。
 足音に気づいて振り向くと、帽子をかぶり、おどけた笑みを見せる翔太がいた。

「似合う?」

 赤いリボンの麦わら帽子をかぶった翔太は、可愛いと言えないこともない。
 爽子もつられて ほほ笑みながら 答えた。

「うん、似合う似合う」
「あははっ、んなわけねーじゃん」

 翔太は帽子を取ると、持ち主の頭にふんわりかぶせた。
 目が合う刹那、さっきの出来事が 頭をよぎり、二人は頬を赤らめた。

「あ、あのね、マルちゃんと、お散歩してたの。
 リード、持たせてくれたよ」
「ほんとだ。 あ、あの さ … 実 は、さっき … 」

 翔太は何か言いかけたが、しどろもどろで歯切れが悪い。

「さっき?」
「あー いや、暑いね! アイス 食べたくない? 俺 おごるし」
「えっ、そんな、悪いよ。 自分で…」
「いーから! 行こっ!」

 翔太は、もどかしさを振り払うかのように、手を差し出した。
 爽子は、ためらいがちに手を重ねた。
 互いの掌から伝わる熱が、言葉にならない気持ちを伝えていた。


 海の家に着くと、知り合いがいた。
 アルバイト中のクラスメート、ツルこと、鶴岡である。

「よっ、風早……と、貞子じゃん」

 爽子を あだ名で呼んだツルは、私服の彼女に 目を奪われた。
 目の前にいるのは、ホラー映画の貞子ではなく、名前の通り 爽やかな少女だった。

「よお。 さっきはありがとな」
「こ、こんにちは。 え、さっきって?」

 爽子が翔太に訊ねた。

「ああ、ゴミ、引き取ってもらったんだ」
「そうなの? わー、ありがとう」
「…どういたしまして。
 変わってんなー、お前ら。 デートに来て清掃活動かよ」

 ツルの冷やかしを、翔太は笑顔でかわすと、爽子に聞いた。

「バニラとチョコとストロベリーがあるよ。 なんにする?」
「うーんと、ストロベリー」
「鶴岡、アイスのストロベリーとバニラ、もらえる?」

 ほどなく二つのアイスを手にすると、二人はお礼を述べて、店を出た。
 砂浜のベンチに腰かけ、さっそく食べる。
 甘く冷たい感触が、舌の上に溶けて 広がった。

「…おいしい」
「こっちもおいしいよ。 食べてみる?」

 翔太が、バニラアイスを、爽子の口もとに寄せた。
 爽子は躊躇しつつ、一口食べた。
 お返しにアイスを差し出すと、翔太も はにかみながら、一口食べた。

 広い青空の下、藍色の海を眺めながら、二人でアイスを食べているだけで、心が浮き立つ。
 目が合うと、面映ゆい思いをかみしめながら、にっこりとほほ笑みを返した。

 海の水は透き通り、うねる波は 途切れることなく、まだ見ぬ遠い岸辺まで ゆられてゆく。
 肌を刺すような 涼風が、清冽で心地良かった。

 カモメが、仲間と呼び交わしながら 頭上を巡り、高い空めがけて 飛び去った。
 それを目で追いながら、爽子が大声を上げた。

「見て! おっきな入道雲!」

 爽子が指差した先には、まっしろな積乱雲が いくつもそびえ立っていた。

「おお、でっけー。 …なんか、三つ並んでると、俺たちみたいだよね」
「うん! あの一番背の高いのが、風早くん」
「じゃあ、爽子は左の雲だね。 マルは、俺の足元にいるやつだ。 な、マル!」
「……クゥ?」

 マルは、ベンチの下で寝そべっていた。
 犬は 寝るのが仕事 といわんばかりに、長々と四肢を伸ばしている。

「あれ、眠ってる。 ふふ、気持ち良さそうだね」
「なんだ、さっきのは寝言か」
「犬も、寝言を言うのかな?」
「そりゃ、夢を見るんなら、寝言も言うんじゃねーの?」
「……え?」
「……え?」

 爽子は、瞬時に理解した。
 さきほどの自分の言動が、寝てるとばかり思っていた翔太に 筒抜けだったことを。

「きっ、聞いて、お、起きてたの?」
「あ、いけね」

 ちゃんと説明する前に気づかれたことを、翔太は後悔した。
 爽子は、わなわなとふるえながら 立ち上がると、きびすを返し、駆け出した。
 麦わら帽子が 風で飛ばされても、構わず 爽子は走り続けた。

 翔太は 全速力で追いかけた。
 じきに 翔太が追いつき、爽子の腕を取った。
 爽子は逆らわず、つかまえられた。

「ごめん。 怒った?」

 爽子は首を横に振った。

「じゃあ、なんで逃げたの?」
「…ちがうの。
 か、勝手に触って、ごめんなさい。 全部、忘れて……」
「今世紀最大の謎ってやつも?」
「う……」

『どうして翔太くんは、私のことを好きになってくれたんだろう?』

 相手の気持ちを疑うようなことを言ってしまったことを、爽子は後悔した。
 もう消えてしまいたいくらいの恥ずかしさで、それでも爽子は、今の気持ちを言葉にした。

「か、風早くんが好きって言ってくれたこと、ちゃんと分かってる」
「……うん」
「ただ、その、醒めない夢を見てるみたいで……
 どうしても 現実のこととは思えなくて……」

 地上の喜びも、楽しみも、はかなくついえることを、爽子は知っていた。
 いつか心変わりするかもしれない。 別れる時が来るかもしれない。
 どんなものも、永遠に存在することなど、ありはしないのだ。

「……やっぱり、分かってない」

 翔太は、壊れやすい宝物のように、そっと爽子を包みこんだ。
 瞠る目を向ける爽子に、翔太はひそやかにささやいた。

「爽子が思ってるより、俺は、爽子のこと、好きだと思うよ」

 ことばが大気をふるわせ、爽子の耳にこだました。
 爽子は、かすかに唇を動かしたが、それは声にならなかった。

 目にいっぱい涙をたたえて、爽子はうなずくと、翔太の胸に顔をうずめた。
 翔太は腕に力を込め、爽子をしっかりと抱きしめた。

 体の奥からあふれ出てくる喜びの衝動が、波のように押し寄せ、目眩がした。
 人と人は、こうやって少しずつ、距離を縮めていくんだと、頭ではなく、心で理解した。


 西の水平線に太陽が沈み、残光が次第に空の色を変える。
 薄暮の空と、真っ赤な夕焼けが、美しいコントラストを描く。

 穏やかな夕暮れの中、爽子は今日という日を思い返した。
 二人で見た海の色も、暮れなずむ空の色も、永遠に心の中に残るだろう。
 ……私が忘れない限り。

「大きな夕日。
 …どうして 楽しい時間は、あっという間に 過ぎちゃうんだろう?」
「楽しかった?」
「うん」
「俺も、楽しかった。 また、どっか行こーな!」
「うん!」

 「また」の二文字に胸を躍らせ、爽子はぜいたくな一日の余韻にくるまれた。
 おぼろな月が 夜空に浮かぶ頃、爽子と翔太とマルは 家路についた。

 もっとも静謐で 心安らぐ黄昏時、二人は手を取り合って歩いた。
 小さな星たちが、大きな未来への希望を抱いて、瞬いていた。



 -・-・-・-・-・-

≪ あとがき ≫

 二次小説ってすごい。 海で遊びたいなあと思ったら、それが叶うんですから。
 架空の世界でですが。
 小説を書くのって、ジグソーパズルに似ていますね。
 完成図を想像しながら、そこに当てはまるピース(ことば)を探すところが。
 出来上がった時の達成感は、格別。

 昔、俵万智さんが、
「恋愛の歌はソースを凝って、現実より彩りを添えます」
と、新聞のインタビューで仰っていました。
 それをふまえたら、こんな長いお話になってしまいました。
 読んでくださった皆様、どうもありがとうございました! お疲れ様でした!!
 

テーマ:君に届け - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2011/08/31(水) 21:43:35|
  2. 君.に.届.けSS
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