海の底から

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はつ恋

はつ恋 (新潮文庫)はつ恋 (新潮文庫)
(1987/01)
ツルゲーネフ

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 恋の狂気。
 本は薄くて軽いけど、中身はずっしり重いです。
(以下、ネタバレ感想。 読んだ人しか分からないので、読んでない人はご遠慮下さいませ)
 
 
(青字部分は、本からの引用です)

 16歳のウラジミールは、両親と共に別荘で滞在中、公爵令嬢のジナイーダに出会い、恋に落ちました。
 5歳年上の彼女と知り合いになれただけで舞い上がり、彼女を取り巻く信奉者たちに嫉妬し、彼女の仕草ひとつに一喜一憂する毎日。

 ジナイーダは、猫が鼠をおもちゃにするように、相変らずわたしを弄んでいた。 急にじゃれついてきて、わたしを興奮させたり、うっとりさせたかと思うと、こんどは手の裏を返すように、わたしを突っぱなして、彼女に近寄ることも、その顔を眺めることも、できないような羽目に落としてしまう。

 先に惚れた方が、分が悪いです。 さんざんからかわれるウラジミール坊やは、すっかり彼女の虜です。
 ジナイーダは男どもをはべらせ、気まぐれに操る自分勝手な女王様ですが、どこか満たされない思いがあったのでしょう。

 そんなジナイーダに、変化が生じます。
 彼女が恋に落ちたのです。
 悲哀に満ちた表情で考え込んだり、物思いに沈む彼女に、ウラジミールは当惑しつつも、けなげに誓うのでした。

 彼女の一言一句は、鋭くわたしの胸に突き刺さった。 わたしはその瞬間、もし彼女の悲しみが消えるものなら、喜んで命を投げ出しもしたろう。

 ウラジミールの本当の苦しみが、ここから始まりました。
 彼女を慕う他の信奉者たちも、そのことに気づき、恋のさや当てがヒートアップします。

 ある日ウラジミールが、高い塀の上でひとり空想にふけっている時、そばを通りかかったジナイーダに言われます。

「あなたはいつも、わたしを愛しているとおっしゃるわね。――そんならここまで、この道まで、飛び下りてごらんなさい。 もし、本当にわたしを愛しているのなら」

 ウラジミールは、ジナイーダが言い終わらないうちに飛び下りました。
 3、4メートルはあろうかという塀から身を躍らせ、地に着いた弾みで倒れてしまいました。
 無謀な勇気と苦痛の代償は、柔らかくすがすがしい唇が、顔じゅうをキスでおおう感触でした。
(この辺の筆致が圧巻で、もう説明するのもまどろっこしくなります。 ウラジミールの恋する喜びがあふれてるもの)

 ジナイーダの愛情を勝ち取ったと、狂わんばかりの幸福感に酔いしれるウラジミール。
 しかし、ジナイーダはウラジミールを子ども扱いし、心はあらぬ方を向いていました。

 静かな夜、ウラジミールはジナイーダの想い人が誰か突き止めようと、彼女の庭で見張っていました。
 すると、見慣れた男が彼女の部屋へ忍んで行く姿を目撃しました。
 ジナイーダの恋人は、あろうことか、ウラジミールの父親だったのです。

 嫉妬にかられて、人殺しの覚悟までしていたオセロは、突如として小学生に化してしまった。 ……思いもかけぬ父の出現に、わたしはびっくり仰天のあまり、彼がどこからやって来て、どこへ姿を消したのか、初めは気がつかなかったほどであった。

 ウラジミールの父は、当然ながら結婚して、妻子持ちです。 しかも冷たく女好きな伊達男。
 ジナイーダは、父を愛していながら、その息子を手玉に取っていたのです。
 その事実を知ってもなお、ウラジミールは 彼女のそばを離れられないのでした。

 ついに、母親が事実を知るところとなり、一家は別荘を離れ、町に戻ることになりました。

 ……わたしの知った事実は、とうていわたしの力の及ばないことであった。この思いがけない発見は、わたしを押しつぶしてしまったのである。 ……一切は終りを告げた。 わたしの心の花々は、一時に残らずもぎ取られて、わたしのまわりに散り敷いていた。 ――投げ散らされ、踏みにじられて。

 初恋は実らないって、誰が最初に言ったんでしょうね。 最初の試練にしては、あまりに大きな挫折でした。
 ウラジミールはいとまを告げに、ジナイーダの家を訪れます。

「わたし知っててよ、あなたがわたしのことを、悪く思ってらっしゃることくらい」

と、うそぶくジナイーダに、ウラジミールは最後まで正直でした。

「僕が?」と、わたしは悲しげに繰り返した。 そしてわたしの胸は、うち克つことのできない名状すべからざる陶酔にいざなわれて、あやしく震え始めた。「この僕が? いいえ信じて下さい、ジナイーダ・アレクサンドロブナ、あなたがたとえ、どんなことをなさろうと、たとえどんなに僕がいじめられたろうと、僕は一生涯あなたを愛します、崇拝します」
 彼女はすばやくわたしの方へ向き直って、両手を大きくひろげると、わたしの頭を抱きしめて、熱いキスをわたしに与えた。 その長い長い別れのキスが、誰を心あてにしたものか、神ならぬ身の知るよしもなかったけれど、わたしはむさぼるように、その甘さを味わった。 わたしはそれが、もはや二度と返らぬことを知っていたのだ。 「さよなら、さよなら」と、わたしは繰り返した。 ……


 無残に打ち砕かれた初恋の、なんと残酷で、美しい別れ。
 これが戦慄せずにおれましょうか。
 これに胸をたぎらせない人がいるでしょうか。

 ウラジミールはその後、二人の密会現場に遭遇しました。
 離れているので、声はほとんど聞き取れません。
 いらいらした父が、微笑を浮かべるジナイーダを、乗馬用の鞭でぴしりとぶちました。
 彼女は毛一筋ほどの怒りも見せませんでした。

 恋のなんたるかを思い知らされ、ウラジミールはさらに打ちのめされます。
 数ヵ月後、父は脳溢血で亡くなりました。
 息子に宛てて残された手紙には、

『女の愛を恐れよ。 かの幸を、かの毒を恐れよ』……

と、書かれていました。
 フワフワ浮気していた男の、最後の言葉が、これですか。
 まあ、彼が弱い男だったということでしょう。

 母親は、ジナイーダにかなりまとまった金額を送りました。
 慰謝料だったのでしょうか。 あるいはジナイーダが、妊娠していたのかもしれません。(下衆の勘繰り)

 4年後、ウラジミールは ジナイーダと再会する機会に恵まれました。
 しかし、忙しさにかまけるうちに2週間たち、ようやく面会を申し入れたものの、会えずじまいでした。
 結婚し、ドーリヤスカヤ夫人となった彼女は、産のため、あっけなく死んでしまったのです。

 こうしてウラジミールの初恋は、永遠のきらめきと共に、胸に刻みつけられたのでした。


 主人公・ウラジミールの苦悩と歓喜に、圧倒されました。
 コケティッシュな小悪魔・ジナイーダに翻弄されるウラジミールの、汚れなき純情といったら。

 例えばウラジミールが、公爵令嬢と取り巻き連中たちと、楽しいひと時を過ごした夜更け、部屋で物思いにふけるシーン。

 わたしはちょっと椅子に掛けたが、それなり魔法にでもかかったように、長いこと坐ったままでいた。 その間に感じたことは、実に目新しい、実に甘美なものだった。 ……わたしはほんの少しあたりへ眼を配りながら、じっと身じろぎもせずに坐って、ゆっくりと息をついていた。 そしてただ時々、声を立てずに思い出し笑いをしたり、そうかと思うと、『俺は恋しているのだ、これがそれなのだ、これが恋なのだ』という想念に突き当たって、胸の底がひやりとするのだった。

 初めての恋の感動と、彼女への想いが綴られた前半は、読む者の心臓さえ狂わせるほど、情熱的。 まるで熱病。
 彼女がいないと気が滅入るのに、彼女がいても、決して晴れやかな幸福感ばかりではないとはね。

 ジナイーダの言いなりになる取り巻き男どもは、いかにも無様で哀れな脇役。
 彼女のためなら、すべてを投げ打っても惜しくないとまでいわしめるこの令嬢に、最初は引きました。(女は女にキビシイのだ)

 小説は、ウラジミール主観で書かれているので、彼女の描写は常にほめ殺しです。
 とにかく特別な魅力があるんですって。
 ここまでのぼせあがってしまうなんて、恋の病とはよくいったものです。

 道ならぬ恋に苦しむジナイーダの悲しみさえ、全身で受け止めようとするウラジミール。
 彼女が何に悩んでいたかを知ったら、どう思ったでしょうか。
 同じように、彼女をいたわったんでしょうね。 この人、バカみたいに惚れ込んでるから。

 父親のことも、ウラジミールは恨んでいません。
 それどころか、とても畏れ敬っています。 父親大好きっ子。
 父と息子の関係って「???」です、女には。
 この二人が特異なんだろうけど。
 父親への敬意に、憎しみも少しは混ざってると思うんだけどなあ。

 この父親のモデルは、おそらく作者の父でしょう。
 ツルゲーネフの父も、冷ややかで弱気で優柔で、すこぶる女好きな伊達者と、解説に書いてありましたから。
 その上、ウラジミールと同じ 16歳の時に、父を亡くしているのです。
 …まさか、ツルゲーネフも、父親に初恋の人を寝取られてたりして。
 …まさかね。(下衆の勘繰り)

「父と息子との火花の散る対話を抜きに、真の異性への接近などできるはずがないのである。(中略)
 権威にぶつかる勇気もなくて、異性と出会おうとするのは虫がよすぎるのである」
(『子どもの宇宙』河合隼雄 著 岩波新書 より)


 臨床心理学者の河合氏が、このように書いておられました。
 人は異性と関わる過程で、親に対する愛着から少しずつ離れ、自立してゆくのでしょう。

 でもジナイーダはどうして、自分の前途を台無しにするような恋をしたのでしょう。
 公爵令嬢ともあろう人が、わざわざ不倫せずとも、もっと良い男を選べばいいのに。

「あの噴水のそばには、あのさわさわと鳴る水のそばには、わたしの愛する人、わたしの生死をその手に握っている人が、たたずんで、わたしを待っているのよ。(中略)
 ――ええ、わたしは行きますとも。 一旦わたしが、その人のところへ行って、一緒になろうと思ったら最後、わたしを引き留めるほどの力は、この世のどこにもありはしない。」


 ジナイーにこう言われては、もうどうしようもありませんね。
 最初はいけ好かないと思ってたのに、恋する女性はなんて強いの。

 ポケットにナイフを隠し持ち、恋敵を待ち伏せるウラジミールの、殺意に近い嫉妬心。
 鞭で女性を打つ 父の凶暴さや、それを受け入れる頑ななまでのジナイーダの意志。
 最後、ウラジミールを奈落の底に突き落とした二人が、あっけなく死んだ時は、あまりの衝撃で身がすくんでしまいました。

 これが、恋愛小説の古典として、世界中で読まれているということは、世界中の人が、

 これが恋なのだ、これが情熱というものなのだ、これが身も心も捧げ尽くすということなのだ。

と、認めた訳です。
 生命の営みに連なる、男女の恋愛。
 ただ子孫を残すだけなら、こんなにややこしい心の仕組みは必要なかったろうに、なぜ人は恋するのでしょう?
 誰もが、こんなに苦しい恋を経験するのでしょうか?

 私は、こんな苦しみ知りません。 恋はしないに限ります。 人生が破壊されてしまうもの。 命がいくつあっても足りません。
 心のどこかで、してみたい、とも思いますが。

 でももし、クリスマスに好きな子を誘ってウキウキしてる人がいたら、私は心から応援します。
 命短し、恋せよ乙女、です! 男の子も、頑張れ~!
 

テーマ:読書感想 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2011/12/03(土) 21:48:45|
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