海の底から

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『君.に.届.け』SSその7 透太の夏休み 前編

 これは、椎.名.軽.穂 原作の漫画『君.に.届.け』の二.次.小.説です。
 原作者、出版社とは、一切関係ありません。

 原作のイメージを壊されたくない方、ネタバレをご覧になりたくない方は、ブラウザバックでお戻り下さい。
 
 
【 透 太 の 夏 休 み ・ 前 編 】
 ~翔太、爽子 高校2年生・8月頃のお話~


 そもそも、翔太がチケットを忘れたのがいけなかった。
 夏休みも終わりに近づいたある日、翔太は爽子と映画を観に行くはずだった。
 二人とも早めに家を出たので、チケットを取りに戻る時間は充分あった。
 一陣の風が、爽子のワンピースをひるがえす。 レースでふちどられたパフスリーブの袖が、爽子の華奢な腕を引き立てている。
 爽子は、風早家を訪れるのは初めてではなかったが、やや緊張した面持ちで、そわそわと身だしなみを整えた。

「きょ、今日は、お母さんたちは?」
「ああ、いるよ。 ごめんな、すぐ取ってくるから、待ってて」

 翔太が玄関を開けた途端、怒声があたりに響いた。

「なんで俺が試合に出ちゃいけないんだよ!!」
「夏休みの宿題を終わらせてないからだ。 約束しただろう」

 翔太の弟・透太と、その父親が、激しく口論していた。
 透太が、父の監督する少年野球チームに所属している事を、爽子は知っていた。

「始業式には絶っ対、間に合わせるから! ほんとにあとちょっとだから!」
「ならさっさと終わらせろ。 そしたら試合に出てもいい」
「そんなこと言ったって、試合は明日じゃねーか!」
「約束は約束だ」

 父は約束を盾に、一歩も引く気がない。
 夏の間ずっと練習に励んできた透太だって、試合に出たい気持ちは譲れない。

「横暴だ! おれより下手な奴を使う監督なんて、ヘボ監督だ!」
「選手が監督に指図するつもりか? おまえは一体、何様のつもりだ?」
「お子様のつもりだ!!」

 爽子がぷっと吹き出した。
 その声に父が振り返ったすきに、透太は翔太の後ろに隠れる。

「あっかんべーだ。 ヒスじじい」
「コラッ、とた!」

 和らぎかけた場の空気をひきしめるべく、父は威厳を持って、翔太と爽子に訊ねた。

「おまえらは、もう宿題終わらせたのか!?」
「うん、とっくに」
「はっはい!」
「ほらみろ。 やってないのはお前だけだ。 おとなしく家で勉強しろ!」

 父の命令を無視して、透太は翔太に聞いた。

「しょーた、さわことデート?」
「そーだけど、呼び捨てにすんな! ほら、俺のことはいいから」
「だって無理だよ。 一日で残り全部なんて…」
「あれ? あとちょっとで終わるんじゃなかったのか?」
「…あとちょっとだよ。 読書感想文と自由研究が、まだだけど……」
「全然まだじゃねーか!」

 翔太にゴンッと頭をはたかれ、透太は憤慨した。

「しょーただって、さわこに手伝ってもらったくせに、えらそーにすんな!」
「そうなのか?」
「そーだけど、自分でやったよ。 分からないところを教えてもらっただけだよ」

 腕組みをしていた父が、重々しく口を開いた。

「…爽子」
「は、はい!」
「透太にも教えてやってくれないか?」
「はいっ!」
「「ええっ!?」」

 即答した爽子に驚いたのは、兄弟二人である。

「なんでこいつに教えてもらわなきゃなんないんだよ!?」
「こいつとか言うな! なんで さ…爽子 が手伝わなきゃなんないんだよ。 俺らこれから出かけるんだから」
「俺は爽子に聞いてるんだ。 頼めるか?」
「はい。 私でよければ。 …あの、しょ、 翔太 くん」
「なっなに?」

 爽子に名前で呼ばれ、翔太の鼓動は跳ね上がった。
 風早家で「風早くん」と呼ぶのを気がねしてのことだろうが、名前で呼び合うのは、まだ慣れない。

「映画は明日もやってるよ。 ここはとたくんを手伝おうよ、ね」
(…そう言うと思った)

 翔太の彼女は、困っている人を見過ごせない、善意の固まりなのだ。
 せっかくのデートを弟に邪魔されたくない兄の葛藤など知る由もなく、爽子は言った。

「とたくん、あの、手伝ってもいいかな?」
「うん、いいよ…いて!」

 翔太がゴンッとやきを入れた。 本日2発目である。

「いいよ じゃない。 お願いします、だろ」
「話が決まったんなら、さっさとやれ。 じゃあ行ってくる」

 父はそう言い残すと、商品の納入に出かけた。

「はーい、いってらっしゃい。 さて、私は店番があるから、あと頼むよ」

 三人に家を預け、母は自宅の隣にある『ウインドスポーツ』へ向かった。

 -・-・-・-・-・-

「はあ……まずは読書感想文やらなきゃ」
「本は何を読んだの?」
「これ。 犬をほしがる男の子の話なんだ」
「ああ、『まぼろしの小さい犬』か。 俺も読んだことある」
「私も。 懐かしいなあ」

 透太、爽子、翔太は、居間に場所を移し、宿題一式を運び込んだ。
 テーブルの上には作文用紙と、本。
 これから真っ白な用紙を、字で埋めつくさなければはならない。
 うんざり顔の透太に、爽子が考えるヒントを出した。

「とたくんは、どうしてこの本を選んだの?」
「どうしてって、そりゃあ犬が好きだから」
「とたくんも、風早くんと同じで、犬が大好きなんだね。 なるほど」
「なに書いてんの?」
「メモだよ。 まず何を書くか、短い文章で書き出すの」

 そう言って爽子が差し出した紙には、作文を書く要点が示されていた。

一. 本の第一印象と、選んだ理由。
二. 本の内容と、登場人物の紹介。
三. 素敵な言葉、ドキドキしたシーン。

「とたくんは、犬が好きだから、この本を選んだんだね。 まずはそれをメモしとこう」
「そんなんでいいの?」
「いいよ。 ただし、それをもっと具体的に。 とたくんがマルちゃんを毎日 世話してるってことを書けば、犬が好きってこと よく伝わるんじゃない?」
「マルのことなら、なんか書けそう」

 去年 翔太が拾ってきた仔犬のマルは、風早家の全員に可愛がられている。 今は立派な大型犬となり、庭で悠々自適な日々を送っている。
 透太はマルの姿を思い浮かべながら、メモを書いた。
 爽子は漢字の誤りなどを指摘しつつ、見守っている。 翔太は手持ち無沙汰に、本をぱらぱらめくった。

 『まぼろしの小さい犬』は、イギリスの作家、フィリパ・ピアスの児童文学である。
 犬をほしがる少年・ベンの渇望と失望が、如実に描かれている。
 ベンの年齢ははっきりと書かれていないが、おそらく透太と同じくらいであろう。
 透太は、自分と似た境遇の、気持ちを共感出来る主人公を、無意識に選んだわけだ。

「ベンが誕生日に犬がもらえると思ってたのに、もらえなくてガッカリしてさ、心の中に犬を住まわせるとこが面白いよな」
「うん、そうだね。 でもその犬は、本当にただのまぼろしだったのかな? どう思う?」
「うーん、他の人にとってはまぼろしだけど、ベンにとっては違うよ。 あいつすっげー大事にしてたもん。 犬のことばっか考えてさ」
「うんうん、本当に大事で、勉強も手につかないくらいだったね。 はいメモ」
「おっと、いけね」

 次第に、メモがいっぱいになってきた。
 透太は、鉛筆を鼻の下にくわえながら、頭をひねっていたが、ついに突っ伏した。

「もうだめだ。 書くこと思いつかねー」
「じゃあ、こんなのはどうかな?」

 爽子が書き加えたメモには、「なぜ」「もしも」「たとえば」「だから」とある。

「なにこれ?」
「書くのに困ったら、これ。 『なぜ』犬をほしがったのか。 『もしも』ほしいものが手に入らなかったら。 『たとえば』とたくんがマルちゃんと出会っていなかったら。 『だから』こう思う…って感じで、まとめられないかな?」
「うわ、むずかしー! あ、でも、もしもほしいものが手に入らなかったら…ってのは分かる。
 大人はいっつも子どものことなんか考えてないんだ。 期待だけさせてさ、そりゃないよな」
「とたくんは、ベンが誕生日に犬をもらえなかった気持ちが、よく分かるんだね。 でもおじいさんも、本当は犬をあげたかったんだと思うよ」
「だから、ベンがおじいさん家の仔犬を 一生懸命 世話するとこ、すっげー好き。 あ、『だから』出た! よし、メモしなきゃ」

 透太の書く調子が上がってきた。 これなら午前中に終わりそうだ。
 爽子の問いに導かれ、翔太の胸にも疑問がわいてきた。
 なぜ、犬をほしがったのか。 なぜ、犬でなければならなかったのか。 考えてみると不思議だ。
(俺が爽子をほしがるのと 同じようなもんかな?)
 そこまで考えたら、もしもの問いには答えられなくなった。 たとえ話でも、爽子と出会っていなかったら…なんて、考えたくもない。
 そこへ、透太の屈託のない一言が投げ込まれ、翔太は現実に引き戻された。

「なぜ、さわこは しょーたのことを 風早くん と呼ぶのか?」
「えっ!?」
「いきなり何言い出すんだ!?」
「だって気になるんだもん。 さっきは翔太くんって言ってたのに…いて!」
「お子様には分かんねーの!」
「ポンポンなぐるな! おれがバカになったらしょーたのせいだからな」

 ぶーたれる透太の頭越しに、二人は肩をすくめてほほ笑んだ。
 ふてぶてしく、しかも無邪気な子どもにはかなわない…そんな表情で笑う爽子に、翔太は胸をくすぐられた。
 きっと今、爽子も同じことを思い返している。
 あれは、初めて翔太の部屋で過ごした日。 互いの秘密を打ち明けるように、ひそやかに名を呼び合った。

 並んで歩くのも、名前を呼ぶのも、笑い合うのも ぎこちない二人。
 だが いずれ 馴染んでゆくだろう。 そう思うと、なおさら 今が いとおしく感じられた。

 …のけ者にされるのは、誰だって嫌なものである。
 透太は、翔太と爽子を包む結界を目ざとく察知し、大声を出して 決壊した。

「はらへったー!!」
「これ書き終わったら、なんか作ろっか?」
「わ、私も手伝う!」

 メモをまとめ、原稿用紙に清書すると、ちょうどお昼の時間になった。
 風早家の台所に三人がひしめき合い、にぎやかに炒飯作り。
 爽子が材料を切り、翔太が炒め、透太が皿を用意し、四人分があっという間に出来上がった。

 ~ 【透太の夏休み 後編】 へつづく ~
 

テーマ:君に届け - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2012/09/01(土) 15:12:59|
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