海の底から

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夢日記1~2月

 「旅に病んで 夢は枯れ野を かけ廻る」(松尾芭蕉)という句があります。
 草木の枯れ果てたさびしい野原をかけ巡る夢って、どんなだったでしょう。

 今の時期、強風にあおられ、死んだように立ち尽くしている木々は、実はもう春を迎える準備を着々と進めています。
 秋に葉を落としてエネルギー消費を節約するという植物の戦略、賢いなぁ。
 記録的な大雪が降った今冬ですが、春はもうそこまで来てます。
 以下、夢メモ。 願う夢じゃなくて、寝て見る夢の方ね。
 
 
〈1月7日〉
 母・兄・私の3人でドライブする夢。ハイジの村に行くという。
 母は朝からステーキを食べていた。 私は別の店でモーニングを食べた。
 運転手の兄が、「あそこがリンドウの館だよ」などと説明したが、ハイジにそんなの出てこない。 おかしいなと思ったあたりから、これは夢ではないかと気づいたかもしれない。
 とりあえず車から降りて、ぶらぶら歩く。
 ふと見上げると、鳥がいた。
 高い建物のてっぺんに、大きな白い鳥。 肩は青い。 くちばしはサギのように長くて鋭い。
 そいつが私めがけて襲ってきた。 いきなり飛び降りて、くちばしでブスッと刺した。 が、当たらなかった。
 勢い余って地面に激突したが、また突進してきた。 翼はあるが、飛べない鳥らしい。
 鳥は私の腕をくわえ、ぎりぎりしめつける。 私はもう片方の腕でくちばしを開け、逃げた。
 夢なので、痛くはなかった。 地元の人に、大丈夫?と声をかけられた。


〈1月12日〉
 人が死ぬ夢。
 どこかの施設で、なにかの集団が運動会をしている。
 マラソンをしていた女性(ハンガリーの人)が心臓マヒを起こして死んでしまう。
 それを知った彼女の両親も急死してしまう。


〈2月7日〉
 赤ん坊を抱っこしている夢。
 なんでも請け負う会社で、私はそこの社員。 仕事がなかなか終わらず残業していた。
 そしたら女の人に赤ん坊を預けられ、というか、赤ん坊をぽんと寝かせてどこかへ行ってしまうから、気になって抱っこしてしまった。
 困って寮母さんに頼みに行くと、たくさんの子どもが、ずらりと長テーブルに座って、ご飯を食べていた。
 まだ小さくて、ひとりではうまく食べられそうにない子たちとは別のテーブルで、寮母さんも慌ただしくご飯を食べていた。
 寮母さんはとても忙しそうで、この子を頼むに頼めず、どうすればよいか途方に暮れた。
 抱っこしていた子どもは、かわいかった。 よだれがすごくて、拭いてもべたべた。 小さくて軽い子だった。


〈2月10日〉
 老人ホームで人を探す夢。
 私と同僚(二人とも別のホームに勤めている)は、そのホームの職員に成りすまして、ある老婦人を探しに行く。 同僚が、そのおばあさんに懺悔したいことがあるらしい。
 建物内の2つの階段を、上ったり下りたりして、各階のトイレを探す。
 同僚が、1番高い階のトイレで、その人を見つける。
 よかったと安心したのか、私は用を足す。 う○ちがどっさり出たのだが、あとひとふんばりがきかない。
 なぜなら和式トイレの足場が、左だけ高かったから。
 で、うーん…とうなっているところで目が覚めた。


 今年はしょっぱなから変な夢のオンパレードです。 困った、解釈のしようがない。
 あの攻撃的な鳥は一体…。
「卵は世界だ。 生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。 鳥は神に向かって飛ぶ。 神の名はアプラクサスという」(『デミアン』ヘッセ 著 より) …関係ないか。

 死ぬ夢と、赤ん坊の夢というのは、よくある死と再生のテーマ。 それは分かるけど、私は夢の中で困っていたようで、再生しても、うまく育つか分からない。 あのたくさんの子どもたちの行く末は、不安だらけ。

 夢の中にあらわれる人々は私の分身です。 同性なら影、異性ならより深い心の像・アニムスでしょう。
 なので、老人ホームの同僚は私の影と察しが付くのですが、何を懺悔したかったのか分からない。 悔しい。
 もうひとひねりしないと、答えが出そうにありません。



 -------- 追 記 --------

 やっぱりこの夢↓も関係ありそう。

<2012年12月23日>
 天国の病院のような施設で働かされることになったが、レジスタンスとなって、仲間(中学生くらい)と反乱を起こす、という夢。
 病院で仕事をこなせば、自由になれるはずだったのに、病院側の人間(大人たち)は約束を破る。
 だから逃れるべく、周到に準備して、みんなで脱出することに。
 建物の中のエスカレーターなどを利用して、たどり着いた最上階の特別な部屋が印象的だった。
 追いかけられた私を、隠し扉でかくまってくれた女の子の〝友達”って言葉がうれしかった。
「これで友達とゆっくり話せる」って。
 私にしては長い夢だった。

<2012年12月>
 バンドへの参加を頼まれ、断る夢。
 大学生くらいの私は、高校生くらいの男の人(母の知り合いらしい)に、文化祭で、バンドのシンセを弾いてほしいと頼まれる。
 悩んだ挙句、電話で断った。 電話した時、初めてその男の人としゃべったのだが、受話器から楽器の音がしていた。
 私は忙しいからと言って断るのだが、やっぱりやってみればよかった、とちらりと考えていた。
 なぜなら、私なんか、ロックバンドのメンバーなんてガラじゃない、出来るかどうかも分からない…と、非常に消極的な理由で断ったから。
 なぜか私は祖母の家にいて、母や親せきの人たちもいた。 祖母がもう亡くなって、その場にいないのは 以前の夢と同じ。



 夢は願望充足のため、現実生活では足りないものを補償するために見るのが大半です。
 お腹が空いていたら、ご馳走を食べる夢を見たり、ね。
 でもこれは違う、場所も人も違いますが、同じイメージが混じってるので、続き物と考えた方が良いでしょう。

 学校で迷子になる夢から一歩前進したのか、後退したのか、建物の中を行ったり来たり。
 それに、仲間の登場が興味深いです。 年末で忙しかったので、精神的にゆとりがあったようには思えないのですが…。
 祖母の家が出てくるのに、本人がいないというのは多分、本人より〝おばあちゃん”という存在に憧れているから、かな。
 ちなみにマラソンをしていた女性がハンガリー人なのは、人間機関車ザトペックのイメージでしょう。 …と思ったら、チェコの人でしたか。 ずっとハンガリーと勘違いしてました。
 ずらっと並べて気づきましたが、心のアップダウンが激しいですね。
 肯定と否定、成功と失敗、受容と拒絶が、入り混じってる。
 次はどんな夢でしょう? どんなのでもいいけど、面白いことが起こるといいな。


 -------- 追 記 13.3.18--------

「幼児たちは発展の可能性を示すものとして、まことにぴったりのものだ」
(『無意識の構造』 河合隼雄 著 中公新書)

 2月7日の夢の解釈、追記。
 この年で発展の可能性といわれても、ピンときませんが。
 あるいは 放置してきた母性が、無意識の中で産声を上げようとしているのか。
 あの殺伐とした食事風景は、私の心象風景にぴったり。
 
  1. 2013/02/26(火) 23:23:23|
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