海の底から

備忘録

エリコの丘から

・『エリコの丘から』 E・L・カニグズバーグ 著 岡本浜江 訳 佑学社

 児童小説作家のカニグズバーグが、2013年4月19日に逝去されたとのニュースを聞いて、この本を手に取りました。
 そしたら、
「死は不朽の名声を作るものとして過大評価されます」
という台詞があって絶句。(P.210)
 訃報を聞いてから読むようじゃ遅いですよね。 申し訳ありませんでした。
 カニグズバーグは、台詞の主・タリューラのように、見えないものが見える人だったに違いありません。
 人間の心の内面を語れる作家とは、恐るべき生き物ですね。
 
 
 ジーンマリーは11歳。 母親と二人暮らしです。
 8月の終わりに、トレーラー(車で引っ張る移動住宅)で、テキサスから引っ越してきました。
 ところが、3週間たっても、彼女の名前を覚える級友はいません。
 しかし彼女は、プライドの高い少女です。 周りの人間はみんなクローン人間(複製生物)で、自分とは違うのだと考えることにしました。
 二親そろっているのが当たり前で、一戸建ての家に住み、流行の服を着る周囲の連中は、軽蔑すべき無個性集団なのです。

 ある日、学校帰りにアオカケスの死体を見つけたジーンマリーは、偶然通りかかった男の子と一緒に、お葬式をしました。
 二人は、松林の生えた空き地で、アオカケスを埋葬しました。
 ジーンマリーに話しかけた男の子の名は、メルカム・スー。 彼女と同学年で、父親と二人暮らしです。
 性格は几帳面で、論理的思考を持つ少年です。 大雑把で感情豊かなジーンマリーとは正反対。

 その日以来、昆虫や小動物の死骸を見つけては、お葬式をする二人。
 次第に親密さが増し、信頼を深めてゆく二人は、互いの夢を打ち明けます。
 ジーンマリーの夢は、大女優になること。 メルカムの夢は、偉大な科学者です。

 …そんな二人の日常は、タリューラとの出会いで、一気に非日常へと変わります。
 ジーンマリーとメルカムは、ある日突然、墓地にしていた空き地の地下へ、吸い込まれてしまいます。

 そこには、数年前に死んだ大女優・タリューラが住んでいました。
 赤い髪に真っ赤な口紅、家事とは無縁な長い爪も、赤でした。
 でもその赤い色が、ジーンマリーにはとても自然な色に見えました。

 タリューラについて、作者は幽霊ともお化けとも書いてないし、二人の子どもも驚きはしますが、まるで出会うべくして出会ったように、タリューラを受け入れます。
 タリューラは常に正しい文法を使って話し、タバコを吸い、女王のようにふるまう、魅惑的な女性で、さも当然のことのように、二人にある依頼を強要します。

 さて、その依頼が、タリューラが地下でさ迷う理由でもあるのですが、彼女の幸運のお守りを、探してほしいというもの。
 レジナストーンという、巨大なダイヤのネックレスで、彼女が心臓発作で倒れた時、その場に居合わせた誰かに盗まれたのです。

 ここから、推理小説のような展開になって、タリューラと親しかった人を捜査します。
 一時的に姿を消せるようになる二人。 抜群のコンビネーションで、大人たちの裏の顔を暴いていくのです。 その痛快な大立ち回りに、胸がスカッとしました。
 問題が解決できたのは、透明人間になれたから、だけではなく、二人のアイデアと冷静な観察力があったからこそです。

 二人が捜査していたのは、タリューラお気に入りの 三人の大道芸人。
 それぞれ歌・腹話術・手品で、有名になろうとあがいていました。
 タリューラは彼らの才能を買っていて、よく食事に誘っては、楽しく語り合っていたのでした。

 押しも押されもせぬ大女優と、彼女のように有名になりたかった若者たちと、ようやく夢を描き始めた二人の子ども。
 登場人物を並べると、ダイヤ探しは 読者を物語に引き込むための 巧妙な仕掛けだったんだな、ということが分かります。

 作者が本当に伝えようとしていたのは、人生で輝くには何が必要か、ということだったと思います。
 つまり、自分の存在意義を知ること。
 夢を追いかけ、才能を試し、努力するのも、己を生かすため、自分が輝くため、なんでしょうね。

 …この本、私が子どもの頃に読みたかったです(;_;)
 ダイヤ泥棒の犯人と同じように、何もしないまま夢をつかみ損ねて、しかもどうして失敗したのか分からないままなんて、イヤだもの。 
 物語として面白く、しかも深い内容でした。

 ちなみに、「エリコ」というのは、旧約聖書に出てくる世界最古の都市で、「世を忍ぶ場所」という意味にも使われるそうです。
 タリューラの魂の避難場所にピッタリの名前ですね。
 …にしても、墓地に名前をつけるエピソードは、ぞくっとしたなぁ。
 ジーンマリーの頭の中で、「エリコの丘」という自分の声が聞こえた…なんて、白昼夢みたい。
 こういう、言葉で伝えきれないエピソードがたくさんあるので、また数年後に読まないと。


☆参考文献…『ファンタジーを読む』 河合隼雄 著 講談社+α文庫
 「第五章 アイデンティティを深める」の項に、この本の解説が載っています。 児童小説大好きな心理療法家の分析、とっても分かりやすいです。
 

テーマ:児童文学・童話・絵本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2013/05/12(日) 22:01:45|
  2. 本&漫画
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