海の底から

備忘録

風立ちぬ 感想4

 『本へのとびら ―岩波少年文庫を語る』(宮崎駿 著 岩波新書 2011年出版)の中で、制作中の映画について語っておられる章があります。
(以下、青字部分は 「3月11日のあとに―子どもたちの隣から」 より引用)


「風が吹き始めました。」

「何かが起こるだろうという予感は、みなが持っていたように思います。それでも、どんなに立派な戦争より、愚かな平和のほうが尊いと思うようにしていました。
 そして、突如歴史の歯車が動き始めたのです。」

「「風が吹き始めた時代」の風とはさわやかな風ではありません。おそろしく轟々と吹きぬける風です。死をはらみ、毒を含む風です。人生を根こそぎにしようという風です。」


 読んだ当初は何のことやらさっぱりでしたが、 『風立ちぬ』のことだと合点がいきました。
 子どもにお勧めの児童文学について執筆した本の中で、次回作を熱く語る宮崎監督(笑)。 頭の中が映画のことでいつもいっぱいだからでしょう。
 頭の中が飛行機のことでいつもいっぱいだった二郎さんと同じですね。
 
 
 この章で、宮崎さんはお父さんのことにも触れています。

「僕の父親は大正3年に生まれ、79歳まで生きました。9歳のとき関東大震災にあっています。4万人近い焼死者を出した被服廠跡(ひふくしょうあと)の広場を妹の手をひいて逃げまわり、生き延びました。」
「第二次世界大戦の東京大空襲のときは、親戚の安否をたしかめに翌日宇都宮から上京しています。」
「その後、敗戦間際に宇都宮で爆撃があったときは、4歳の僕を背負って、東武鉄道の土手に這いのぼり逃げました。母が弟を背負い、叔父が兄の手をひいていました。」


 大正3年といえば、第一次世界大戦が始まった年。
 宮崎さんが生まれた昭和16年は、第二次世界大戦が始まった年。
 お二人とも戦争体験者で、語る事実には、命の重さがずっしり感じられます。
 映画の 二郎さんが菜穂子さんの手をひいて 人並みをかき分け走るシーンが、お父さんと重なってしまいました。 あれはフィクションだけど、それだけじゃなかったんだ。

「とてつもなく大きな体験をしたのに、僕の父にはその影のようなものが感じられませんでした。立派なことは言わず、むずかしいことも言わず、ただ損をするなとだけ子どもたちにときどき言いました。」

 お父さんは軍需工場を運営していて、戦時中が経済的に1番潤っていたとか。
 なんとも皮肉な話です。
 宮崎さんが飛行機好きになったのは、お家が飛行機を作る工場だったから というのもあるでしょう。

「軍人は大きらいで真底バカにしていましたが、僕の駿という名は、当時名の知れた軍人の名前だったそうです。」

 駿という名前は、馬車馬みたいによく働き仕事も早い宮崎さんにピッタリの名前だと、私は何も知らないで思ってました。
 お父さんは、多くの矛盾を抱えながら、この名を息子に付けたようです。
 当時は戦争反対なんて言おうものなら、非国民扱いされてしまうご時世だったはずです。
 でも名前の由来を聞かされた宮崎少年は、さぞがっかりしたんじゃないでしょうか。

「父が死んでから何年もたって、小津安二郎の「青春の夢いまいづこ」を観て呆然となりました。主人公の青年が父とそっくりなのです。容姿も眼鏡があるだけで、ものの考え方や行動がそっくりなのです。アナーキーで享楽的で、権威は大きらいなデカダンスな昭和のモダンボーイの姿がそこにありました。
 ニヒリズムの影がその底にあります。父はそのままの姿で戦前、戦中、戦後の昭和を生きたのでした。彼のアナーキーなニヒリズムは被服廠跡で体験したことと無縁ではなかったはずです。
 そして、父は9歳で、僕は70歳で同じ風の吹く時代に出逢ったのだと思いました。」


・ニヒリズム… ③伝統的な既成の秩序や価値を否定し、生存は無意味とする態度。これには無意味な生存に安住する逃避的な傾向と、既成の文化や制度を破壊しようとする反抗的な傾向とがある。

・デカダンス… ②一般に虚無的・頽廃的な芸術傾向や生活態度。
(広辞苑第5版 新村出 編 岩波書店 より)

 ……つまりは虚無ですな。 生きよ堕ちよ、サヨナラダケガ人生ダ、ですか。
 小津安二郎の映画は 恥ずかしながら見たことがないので何とも言えませんが、あまりにも多くの無意味な死を目の当たりにした実感だったのでしょう。
 二郎さんは、自分の作った飛行機が、戦争に使われ、1機も還ってこなかったことを、どう思ったのか…。

「僕らの課題は、自分たちのなかに芽生える安っぽいニヒリズムの克服です。
 ニヒリズムにもいろいろあって、深いそれは生命への根源への問いに発していると思いますが、安っぽいそれは怠惰の言いのがれだったりします。
 僕らは、「この世は生きるに値するんだ」という映画をつくってきました。子どもたちや、ときどき中年相手にぶれたりもしましたが、その姿勢はこれからこそ問われるのだと思います。生活するために映画をつくるのではなく、映画をつくるために生活するんです。」


 人生 死ねば終わり、何をやっても無意味で 何の価値もない……不意に やけくそな気持ちに襲われて 気力が萎えたり、何もかもバカらしくなって 嫌気がさすことは 私にもありますが、そんなものは安っぽいニヒリズムだと、宮崎さんに叱責された気分です。

 宮崎さんが、「昭和のはじめの激動期である20年間を生きた人たち、僕の親父もそうですけど、その人たちへのいろいろな想いが混ざっています」(パンフレットより)と言っていたのは、どういう意味か、もやもやと見えてきました。
 どうりで思い入れが強いはずです。
 映画のキャスティングに、長年の友人を配するのも納得です。(カストルプ役のアルパートさんは、宮崎さんと仲良しなんだそうです)

 『風立ちぬ』は、宮崎さんの自叙伝ともいえそうです。
 エンターテインメントとして世に出すべき映画において、巨匠にのみ作ることが許される、極めて個人的な作品。 …でありながら、普遍的意味合いも持っている。
 映画の内容が大人向け との感想を多く見ましたが、小学校高学年なら理解できます。
 いえ、本当に面白いものなら、大人も子どもも楽しめます。
 現代史からっきしダメだったので、ちょっと勉強し直して、また映画館へ行きたいです(^^ゞ
 

テーマ:映画 - ジャンル:映画

  1. 2013/07/28(日) 23:05:44|
  2. アニメ>ジ.ブ.リ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<同士 | ホーム | 風立ちぬ 感想3>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://umi88.blog54.fc2.com/tb.php/1534-77491e0f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

藍田海

Author:藍田海
・ Twitter

最近の記事

カテゴリー

ブログ内検索