海の底から

備忘録

風立ちぬ 感想7

 昔はねぇ、入れ替え制なんてなくて、好きなだけ映画が観られたもんです。
 朝いちから『千と千尋の神隠し』を3回くらい粘って観たりしましたっけ。
 シネコンも悪くはないんです。
 だけどねぇ、日がな一日その映画のことで頭いっぱいにして、映画のことだけ考えて過ごしたあの頃が懐かしいなって、ふと思いました。
 貧乏人のささやかな楽しみでした。

 ほんでは、3回目鑑賞感想です。 やっと細かいところをじっくり見られました。
 何度も見ないと、ちょっとわかりにくい映画ですね。
 いきなり2年後だったりするし、ラストは一気に10年も経つし、二郎さんの夢と現実が交差して、どちらが本当かわからなくなります。 ま、どちらが本当でもいいんですけど。
 観客にとっては、感受したことがすべてです。
 
 
 この作品は、空に憧れた少年が、美しい飛行機を作るまでを描いた物語です。
 その二郎さんの夢が「挫折」から始まったことに、改めて深い意味が込められているなぁと思いました。

 映画の中で執拗に描かれるビン底眼鏡が、もう邪魔で邪魔で…庵野秀明さんの声よりも、慣れるのに時間がかかりました。
 凸レンズだから、眼鏡の向こうが歪むんです。眼も眉も、顔の輪郭も。
 アニメーションなら描かなきゃ済むのに、わざわざああいう表現にしたのは、二郎さんのコンプレックスの象徴だから…ではないでしょうか?

 本当はパイロットになりたかったけど、近眼の二郎さんは、あきらめざるを得なかった…無念だったでしょうね。
 そんな時、カプローニおじさんと夢で出会い、新しい夢への第一歩を踏み出すんです。

 寝てる時に見る夢と同じで、見たいものが見られるとは限らないのが、夢の面白いところだと思いませんか?
 とすると、二郎さんが見た美しい飛行機の夢は、誰からの贈り物なんでしょうね? 不思議ですねぇ。


 本物の堀越二郎さんも、小学生のころ、第一次世界大戦の空中戦や、アメリカの民間飛行家による曲芸飛行や、飛行機の活躍する冒険小説などに触れて、空への憧れをかき立てたそうです。
 堀越さんが設計した零戦(零式艦上戦闘機)の名は、今も航空史に燦然と輝いています。
 が、映画には数カットしか出てきません。
 戦争責任の是非も、問うてはいません。

 監督の宮崎駿さんは、描きたくなかったんだろうな と思います。
 逃げではなく、戦争によって踏みにじられる人間性をこそ描きたかったのではないか、と思うんです。

 例えば、貧しい姉弟が、二郎さんのくれるシベリヤを受け取らないシーン。
 名作アニメ『母をたずねて三千里』でも似たようなシーンがあって、その時はにっこり笑って受け取る少女を描いてるんです。 演出は高畑勲さんです。
 貧しいインディオの少女・フアナは、マルコからもらった たった一粒の飴を、兄と分け合います。 壮絶な貧しさに呆然とするマルコ。
 その後、フアナが肺炎で死にそうになり、マルコは旅費を全部医者に渡して、フアナを助けます。
 そうすることで、マルコの同情心が生半可なものではないことは伝わるのですが、フアナが貧しさから抜け出せるかといったら、抜け出せないんですよね。

 結局、お菓子をめぐんでやるとか、戦闘機にかける金を福祉に使えば…といった表面的なことでは、問題は解決しないんです。
 『風立ちぬ』で、『母を~』よりもっと根深い矛盾を突き付けられて、もうおろおろするしかありません。
 赤ん坊をおぶっていた女の子は、きりっとして誇り高そうだったので、自力で幸せを見つけてくれるよう、願うしかありません。

 二郎さんは、献身的なまでに飛行機に尽くします。
 深夜まで図面とにらめっこして、病気の妻の看病もままなりません。
 またしても矛盾を抱え込んで、どうしようっておろおろしながら、じたばたしてるんです。
 ここまでくると、もはや自分の為でも会社の為でもなく、ましてやお国の為でもないですね。
 才能を生まれ持った者の 宿業 としかいいようがないです。 私は才能ない凡人でよかった(^^ゞ


 もうひとつ気づいたのは、九試単戦のテスト飛行を行う飛行場の景色。 私の地元なので、あのなんにもない原っぱに、すごく惹かれました。
 広い地平を囲むように、なだらかな山並みが続く各務原台地の風景が、ジブリの繊細なタッチで描かれていて、とてもうれしい。
 本当にそっくりなんです。 上空から見えた桜並木は、新境川沿いの百十郎桜かな。 現地までロケハンに来たのかな。 だとしたらすごいなぁ。
 地元の民として心よりお礼申し上げたいです。 感激です。


 そうそう、昨日のNHKスペシャルで、関東大震災が取り上げられてたのを見たので、映画の冒頭シーンがさらに鳥肌。 二郎さんと菜穂子さんを押しのけて逃げまどう人々がみんな必死で、怖くて目を逸らしたくなりました。
 うちの地元でもあった大地震・濃尾地震(1891(明治24)年)を思い出しました。

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 今日 図書館で、『零戦 [日本海軍航空小史]』という本を借りてきました。
 本物の堀越さんは、軍用機を作ったことについて、複雑な思いを抱えていたようです。

「われわれ兵器関係の仕事に携わった者に特別の責任があるであろうか。全然ないような気もするし、反省しなければならぬ問題があるとも思われる。」
(『零戦 [日本海軍航空小史]』 堀越二郎/奥宮正武 共著 (株)朝日ソノラマ 刊)

 昭和27年の初版のまえがきで、葛藤する胸中を打ち明けていました。
 零戦が戦況に与えた影響が かなり大きかったであろうことは 想像に難くありません。

 初めて作った七試艦戦(七試艦上戦闘機)の試験飛行についての記述も、興味深かったです。
 翼の一部が折れて、操縦者の梶間義孝さんは落下傘で脱出し、垂直尾翼を失った主なき飛行機は、自力で滑空しながら旋回して、飛行場のそばを流れる木曽川の河原に降りたそうです。 けなげなアヒルの子。

 零戦の先駆・九試単戦(九試単座戦闘機)については、空気抵抗と重量の減少を目指し、全力を尽くした、とありました。 このへんは映画の通り。
 設計開始からわずか10か月で完成させたのには驚きました。
 そして性能試験、操縦性試験を一通り終えた後、最後に強度試験に使われて破壊されたそうです。

 現在は写真でしか残っていない九試が、これから世界中の映画館で飛ぶんです。 …そう考えると素敵ですね。
 

テーマ:映画 - ジャンル:映画

  1. 2013/09/01(日) 19:19:13|
  2. アニメ>ジ.ブ.リ
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