海の底から

備忘録

かぐや姫の物語 感想2

 そうだ、妹にPC占領されてたから、昨日映画を観たこと書けなかったんでした。
 『かぐや姫の物語』を、母と妹と観てきました。 で、感想を聞いたところ、

母「何が言いたいのか分からなかった」
妹「最後、両親と別れる場面が切なかった」

 ……やっぱりな。
 分からない人には全然分からないだろうなぁと思ったら、やっぱりそうでした。
 かくいう私もパンフレットを読むまで、姫がどうして地球に来たのか分かりませんでした。
 映画の中での説明は皆無。 ここまで不親切だと、かえって潔い。
 つまり、観客が好きに考えたり、想像していいってことです。
 
 
 そもそも、月の人とは何者か?

 姫を迎えに来た人は顔が大仏みたいで、お付きの者は阿弥陀如来のような風体をしていました。
 「仏(佛)」とは、「人に弗(あら)ず」と書きますが、元々人であったものが化したものなのだそうです。
 つまり彼らは、もとは人間で、地球から月に渡った一族ではないかと、私は想像しています。

 で、『熊野の本地』という昔話に、空飛ぶ船が出てくるんです。
 しかもその船には、車がついてるんですって。
 おまけに、辛い目に遭った心の清らかな女御が、その記憶を忘れてしまうんです。 幸せな記憶だけ残して。

 空飛ぶ船に乗って、天竺から日本へ渡って来た一族が、熊野の神様になった…と、お話にはあります。
 なんでその人たちがやって来たかというと、天竺でいざこざに巻き込まれて、ほとほと人間が嫌になっちゃったんですね。
 それで、心の美しい人たちだけを連れて、霊験あらたかな熊野へ参り、神さまにまでなっちゃうんですから、数奇な運命だこと。

 『竹取物語』と『熊野の本地』には、そこはかとなく共通のイメージがあります。
 美しいもの、清浄なものへの憧れって、時代を超えて、日本人の心の中に住みついているんでしょうか。

 …月の人も、地球で人間同士の諍い(嫉妬や陰謀や権力闘争)があって、とうとう月まで逃げちゃったんじゃないかな。
 なんて考えると、月の人たちが地上を汚れた禁断の地と言ってたのもうなずけます。

 月では、悩みなんかなくて、死を恐れる必要もなくて、毎日きれいな服をきて、歌って踊って…それは夢のように幸せな日々といえるでしょう。

 でも姫は、違ったんですね。
 生きてる手ごたえがあれば、たとえボロを着て、草の根をかじる暮らしでも構わないと言ってました。
 嬉しい時は、誰よりも嬉しがって、意志を曲げたりせず、世間の常識とも全力で戦いました。
 姫は地球で、全身全霊を込めて生きていました。

 私たちも、姫のように生きるしかないか。
 あなたらしく、私らしく。


*参考文献…『中世小説集』 梅原猛 著 新潮文庫
 

テーマ:映画 - ジャンル:映画

  1. 2013/12/24(火) 23:42:56|
  2. アニメ>ジ.ブ.リ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<朝風呂 | ホーム | 年賀状>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://umi88.blog54.fc2.com/tb.php/1612-9cc81313
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

藍田海

Author:藍田海
・ Twitter

最近の記事

カテゴリー

ブログ内検索