海の底から

備忘録

ジョコンダ夫人の肖像

 『ジョコンダ夫人の肖像』 E・L・カニグズバーグ 作 松永ふみ子 訳 岩波書店

 私の好きな臨床心理学者の河合隼雄さんがお勧めしていた本、やっと読めました。
 「つぎつぎと傑作を生み出すカニグズバーグの作品のなかでも、最高の名作と言ってよいほどのもの」(『子どもの宇宙』 河合隼雄 著 岩波新書 より)と絶賛されていたので、気後れして、なかなか手が出なかったの。
 面白いと思えなかったらどうしようって。
 ま、そんなことは全然なかったんですけどね。


【あらすじ】
 ジャン・ジャコモ・ド・カプロティ、通称サライは、ミラノで暮らす貧しい少年。
 サライは金持ちの財布をスリ取ろうとして、レオナルド・ダ・ヴィンチに捕まるが、彼はサライを許し、徒弟にする。
 ある日、サライはレオナルドが仕えているミラノ公の妻・ベアトリチェと出会い、意気投合する。
 
 
【感想】

 偉大な芸術家であったレオナルド・ダ・ヴィンチが、なぜ、名もない商人の妻の肖像画を描いたのか。
 なぜ、サライという、大ウソつきでこそどろの徒弟に目をかけ続け、彼の家族に援助し、遺言にまで彼のことを書き残したのか。

 この物語はこれらの疑問に答えを呈示したものであり、名画 モナ・リザ 誕生秘話でもあります。

 作家であり、画家でもあるカニグズバーグは、自分で書いた本に挿絵も付けています。
 絵画への造詣が深いからこそ、レオナルドの残した絵について、鋭い指摘が書けたのでしょう。
 無駄な描写がまったくなくて、選び抜いた言葉で表現された文章に、作者の気迫みたいなものを感じました。

 芸術ってとっつきにくい、私には理解できっこない、別世界のものだと思っていました。
 確かにそうなんだけど、カニグズバーグが描くレオナルドは、虚栄心や嫉妬心もあるし、嫌な仕事は弟子に任せたりもする、とても人間的な人でした。
 それに、完璧主義という弱点があることも。

「おまえのレオナルド先生は、おまえの持っている何かを必要としているのよ。おまえの粗野なところと、無責任さが、必要なの。」
「彼には荒々しい要素が必要なの。」
「すべて偉大な芸術にはそれが必要よ。跳躍するもの、はばたくものがね。(略)
 サライ、レオナルド先生がいつも何か荒々しいもの、何か責任に縛られないものを持ちつづけられるよう、おまえに気をつけていてもらいたいの」


 サライにこう告げたベアトリチェは、頭の中に 目に見えないものさし を持つ女性でした。
 美しい姉と、常に比べられてきた人。
 自分の目立たない顔に引け目を感じながら、内面を磨いてきた人。 
 そんな彼女だから、巨大な才能を持っていても、それだけでは完全ではないと、見抜いたのでしょう。

 おそらくレオナルドも、それを無意識に自覚して、サライを徒弟にしたのではないでしょうか。
 不真面目で、創造力も野心もないけれど、利口で機転がきき、感受性の強いサライが、彼の創作には不可欠であると。

 この物語は、作者が実在の人物に脚色した、ただの空想なのかもしれません。
 しかし全くの嘘だと言い切れない訴求力と、真実だと思わせる凄みがあります。
 なにより 一度、モナ・リザの絵を見てみたいという欲求を起こさせます。
 ルーヴル美術館で 微笑んでいる彼女と対話する機会は 多分一生ないけれど、ほんのちょっとだけでも会ってみたいなぁと思いました。


 ちなみに河合さんは、サライがトリックスター性をそなえていると述べています。
「トリックスターとは、世界中の神話・伝説・昔話の中で活躍する一種のいたずらもので、策略にとみ神出鬼没、変幻自在で、破壊と建設の両面を有しているところが特徴的である」そうです。
(『子どもの宇宙』 河合隼雄 著 岩波新書 より)
 サライにかかれば、レオナルドにおべっかを使う貴族も、見栄っ張りな淑女も、たちまちぺしゃんこにされ、笑い飛ばされてしまいます。
 宮廷のしきたりなど構わず自由に振る舞うサライの存在が、時に真面目すぎるレオナルドを導く「魂の導者」となって彼を救うなんて、面白いですね。
 

テーマ:小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/02/07(土) 17:55:55|
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